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ラドンはメカゴジラ にはなれない。ニトリ永島氏が語るHR Tech活用のポイント

「人と組織をアップデート」をテーマに、HR Tech業界の今を伝えるべくスタートした動画セミナー「HR Techチャンネル」。業界の最新ニュースや最前線で活躍するゲストを迎えての対談をお届けしています。

今回のゲストは採用から組織開発まで積極的にHR Techを取り入れている株式会社ニトリホールディングス 組織開発室室長の永島寛之さん。人事のあり方についての考え方と、HR Techの活用の仕方について、たっぷりとお話を伺いました。

ゲスト:
永島寛之氏
株式会社ニトリホールディングス
組織開発室室長

1998年に東レ入社。国内外のB2Bマーケティング経験後、2007年にソニー入社。マーケティングディレクターとしてソニーラテンアメリカ(米国フロリダ)赴任。10カ国出身のダイバーシティスタッフのマネジメントを通じ、グローバル組織運営と人事に興味を持つ。米国出店を果たしたニトリに2013年に入社し、2015年より人材採用部長、2018年より採用教育部長。採用、育成、人事異動を統括。従業員の成長を起点としたタレントマネジメントをテクノロジーの力で構築することに全力投入中。教育のテーマは「越境好奇心」。

聞き手:
櫻木 諒太
HR Techナビ編集長/一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会(JDX)事務局長

2010年より中小企業支援機関で販路開拓支援に従事。2015年から一般社団法人中小企業情報化協議会(現在の「JDX」)でICTを活用した地域活性化や中小・ベンチャー企業の支援を担当。2018年からHR Techナビの立ち上げから運営、2030年のHRを見据えたカンファレンスJapan HR Tech Conferenceの事務局などをつとめる。

マーケティング視点を取り入れた人材教育

現在、人事の責任者として、人材開発と組織開発を担当しています。当社に入社する前までは、マーケティングに15年ほど携わってきました。マーケティングにおける顧客は「人」ですが、これは人事でも同じです。当社で人材教育部部長に就任後、従業員一人ひとりの成長を第一に考えた人事施策をポリシーとして、人材マネジメントプラットフォームを構築し、タレントマネジメントやグロービス学び放題を導入しました。

経営側と従業員側、それぞれに課題や目標があり、それらを人材プラットフォームで結びつけます。たとえば、社員が経営知識やビジネススキルを動画で学べる「グロービス学び放題」を導入することで、社員は時間や場所を問わず、自発的に知識を身に付けられるようになります。受講履歴はプラットフォーム上で管理され、業務経験や資格情報などと合わせて蓄積されることで、それぞれに適した配置転換や個人別学習メニューに活用できます。当社のこういった取り組みは、経団連(日本経済団体連合会)に「Society 5.0時代の働き方事例集」のひとつとして紹介されています。

―――グロービス学び放題の受講データは、具体的にどのように活用しているのですか?

まず前提として、人それぞれ学習方法は異なるので、グロービス学び放題を活用していないことがマイナス評価につながることはありません。受講データを利用して、「この人は数多く受講しているので教育の部署で活躍できるのでははないか」など、個人に合うキャリアプランを考えています。

また、グロービス学び放題を導入してみて、異動前に次の部署で必要な勉強をする傾向が強いことが分かったので、着任前にはパッケージで学習メニューを渡すなどしています。本サービスの導入により、ビジネススキルを身に付けてもらうだけでなく、人事側でもさまざまな学習傾向を理解することができました。いまはグロービス学び放題のみですが、今後は足りないコンテンツも増やしていき、自分たちで作れるものはなるべく作れたらいいなと思っています。

―――最適な配置転換を考える際に、会社と個人の求めるものは必ずしも一致しないと思うのですが、そういった場合はどうしているのでしょうか。

企業文化が浸透しているので、企業と個人の方向性が大きくずれるということはありませんが、最も大切にしているのは、社員が何をしていきたいかということです。年に2回、「Employee Journey」という調査を行い、個人が仕事を通じて解決したい社会的課題と、それを会社でどう解決していくか、ということをヒアリングしています。将来の職位や職務の希望を明確にしてもらい、スキルアップ計画やライフプランを聞いたうえで最適な配置転換を行っています。

―――従業員はどのくらい先までのキャリアプランを描いているのでしょうか。

30年後までを考えてもらうようにしています。この先希望が変わることはあると思いますが、いま思い描くキャリアを一度明確にしてもらいます。将来を自分でデザインしてもらうため、当社ではジョブシャドウイングを取り入れています。入社3年目の社員が先輩社員に付き添ってさまざまな体験をし、ディスカッションを通じて自分は将来どんなふうになりたいかを考える、いわば社員のインターンシップのようなものですね。

個人の成長支援のためのテクノロジー活用

日本における雇用形態は、人材採用後に仕事を割り振る「メンバーシップ型採用」が主流となっています。一方アメリカは、仕事に対して人材が割り当てられる「ジョブ型採用」です。どちらも個人に目を向けることが難しく組織管理型の人事だったのですが、テクノロジーの進歩により、少数精鋭のアメリカでは個人の成長支援にシフトできるようになりました。日本企業は対応が難しく、なかなかシフトできていないのが現状です。

当社では、メンバーシップ型採用を維持したまま、個人の成長支援ができる形を目指して人事を行っています。現状は人材開発と組織開発が分かれている企業が多いですが、HR Techによって今後は融合されていくのではないでしょうか。

―――タレントマネジメントは海外のシステムなので、ジョブ型のほうがマッチしそうな気がします。メンバーシップ型採用のままタレントマネジメントを導入するのにはどういった経緯があったのでしょうか。

タレントマネジメントを導入したのは、それまで当社の人事にベースとなるプラットフォームがなかったからです。上司が部下の成績を知るためには、わざわざ人事に問い合わせなければならないという状態でした。

ジョブ型採用だと、仕事内容を記述するジョブディスクリプションを定義しなければなりません。変化が激しくなってきて、最近ではアメリカでもジョブディスクリプションを定義しなくなっている会社もあるようです。

今後は、「それぞれの仕事をスキルベースで捉え、そこに合う人材を採用していく」というのがジョブ型の考え方になってくるような気がします。定義づけても変化に合わせて毎年再定義をしているという話を聞くと、そこに労力を割きたくないと思い、当社ではメンバーシップ型採用を行っています。

ニトリの目指す未来とHR Tech

当社は現在6000憶円~7000憶円弱の売り上げがあり、2032年には売上高3兆円を目指しています。当社は当社製品を制作・販売することで増収増益を続けてきました。2032年に3兆円という非連続な成長を実現するには、

今まで通りの方法で人を育成していくのではなく、跳躍できるような人材が必要になります。だからといって新しい人材を採用すればいいのかというとそうではなくて、今まで連続的に成長してきたコアコンピタンスを未来につなげていくということです。非連続に成長したい企業がテクノロジーを活用すべきだと思っています。

当社のコアコンピタンスを理解し未来を作っていくために、従業員には店長やフロアマネージャーを経験してもらうようにしています。商品を作りたくても、まずはお客様が考えていることを理解するために現場を経験してもらいます。品出しの仕事がグローバルにどうつながるか、ということを説明するのが我々人事の役割であり、特に若い人にはしっかりと説明していくことが大事だと思っています。テクノロジーを活用することで、社員一人ひとりに必要な情報を容易に伝えられるようになりました。

連続成長が目標であれば、人材開発と組織開発が別々に存在していても良いかもしれませんが、非連続成長を目指す企業の場合は、多数精鋭で全員のリテラシーを高め、人材開発と組織開発を連動させ、一つの方向に向かっていく必要があると考えています。

ニトリの人事施策

―――さまざまな人事施策を実施されていると思いますが、大切にしていることや意識していることはどんなことでしょうか。

マーケティングと同じで「顧客は人」とお伝えしましたが、社員はいまどういう状況で、何を考え何を求めているか、を考えるようにしています。求職者に対しても同じです。今何に苦しんでいて、当社に何を求めているのかを考えます。当社はお客様の不便をどう解決するかというビジネスなので、そういう考え方は得意な人が多いように思います。

―――人材育成における目標を教えてください。

2032年に向けて多くのスペシャリストを育成していくことです。当社では配置転換によって5年以上同じ仕事をさせないようにしていて、いくつかの職務をある程度経験し、仕事の幅を広げている人をスペシャリストと呼んでいます。現場で店長として働きながら、一方で財務経理の勉強をし、将来は財務経理を担当する、というのが理想の人材像です。今使う筋肉は現場で鍛え、将来使う筋肉はタレントマネジメントで鍛える、という考え方ですね。

―――視聴者からの質問です。「上司としての育成スキルはどのように身に付けたらいいでしょうか」。

当社においては人材開発のひとつとして、早くて20代後半から店長を経験させています。小さな店舗でも数億円、大きな店舗では40億円の売り上げがあるので、中小企業のマネジメントと同規模のことができるのです。店長を経験することで、マネジメントに向いている人材かどうかを見極められます。

HR Techとの付き合い方

―――企業が新たな成長を求められるなか、人事にも新たな役割が求められていると思います。そんな中でHR Techはどのように活用できるとお考えですか?

今あるものと目指したいものとをつなぐのがテクノロジーであり、コスト削減ではなく、課題解決のために活用すべきものだと思っています。よくあるのが、テクノロジーを活用する際に技術面ばかりを意識してしまうことです。何をゴールにどこを変えていく必要があってどうテクノロジーを使うのか、という適応課題を考えなければ、技術をどんなに使っても何も変わりません。当社は人材の見落としをHR Techで解決したいと思っています。

―――たしかに、タレントマネジメントをうまく活用できている企業って少ない印象があります。

多くの会社は、組織に合った人材を育成したいという思いで始めてしまいます。当社は個人の育成のためだけにタレントマネジメントを使用しているので、他社から見れば十分に活用できていないと思われるかもしれません。活用方法は豊富にあると思いますが、情報が多すぎても活用しきれないので、部下の職歴を知るなど、スモールスタートで徐々に拡充していくのがいいのではないでしょうか。

例えば「テクノロジーを使えばゴジラがメカゴジラになれる」という売り込みがあります。ゴジラがIT化するという比喩表現ですが、これは自分がゴジラであることが前提で、自分がラドンなら、当たり前ですがメカゴジラにはなれません。

大事なのは、目指す方向性に合ったベースを作っておく必要があるということです。他社事例は輝かしく見えるものですが、理想だけでテクノロジーを使おうとすると思い通りにいかず苦しむことになります。

―――他社の人材開発や組織開発で参考にしているものはありますか。

サイバーエージェントさんやLineさんから、キャンペーン施策などの見せ方や惹きつけ方を学ばせてもらっていますが、他社を参考にするということは少ないです。人事の考え方や本質的な部分は自社の中にありますし、それぞれの会社にあるべきだと思っています。当社には確固とした基盤があるので、逆に新しいことには取り組みやすい気がします。

―――人事としてHR Techを活用したいという場合には、どのように浸透させているのですか。

社内広報の力が大きいですね。アメリカのワークデイ社との対談記事を特集して社内報に掲載したり、eラーニング受講者を集めてリアル研修をしたりしています。宣伝活動を行ってメリットを伝えることが大事だと思うので、さまざまなアプローチを仕掛けています。

―――HR Tech導入による効果測定は難しいと思うのですが、どのようにしているのでしょうか。

成果はすぐには表れないので、KPIは設定していません。コンテンツをどれだけ見てもらえたか、みんなが何時間勉強して社内に何時間分の学びが生まれたか、という見方をしています。未来にこういう姿であるために、どういう社員が足りないので、何をする必要がある、というストーリーを組み立てることが大切だと思っていて、その後ろ盾としてHR Techを活用しています。

―――視聴者からの質問です。「生き生き働くことと仕事の成果には関連がありますか」。

これからみようとしているところです。月に一度、会社の満足度を質問するパルスサーベイを実施し、パフォーマンスとどうつながっているか相関を探りたいと思っています。結果次第では満足度向上に向けた研修などを行うことも考えています。

敢えてアナログで行う新卒採用

―――こちらも視聴者からの質問です。「新卒のキャリアパスの情報開示が抜きんでていますが、なぜそれができるのでしょうか」。

当社では、入社前からインターンシップなどを通じてキャリアプランについての話をします。欲しい人材が入社したいといえば終わり、ではなく、当社でこういうことをやっていきたいというキャリアプランを持っていて、当社で叶えられることであった場合に初めて合格となるのです。優秀な人材であっても人より多く面接を行うこともありますし、面接で「もう一度他社を見て、本当に当社がいいか考えたほうがお互いのためじゃないか」という話をすることもよくあります。

―――採用にもHR Techを活用しているのでしょうか。

採用のデータにはノイズが多いので、敢えて人力で行っています。選考書類をデータ化するサービスなどもありますが、会社をよく知らない学生の「ニトリで働きたい」という言葉の中には、「とりあえず内定がほしい」などのさまざまなノイズが含まれています。ですからテクノロジーを使うのは避けて、お互いが共感しあえるかを見るために人力で行い、リクルーターも多く配置しています。入社後は企業理念やビジョンに共感があることが前提なので、ある程度はテクノロジーを活用してもいいと思っています。

―――最後にメッセージをお願いいたします。

色々とお話ししましたが、当社もまだチャレンジの途中です。社員を第一に考えていますが、社員にも不満はあると思いますし、簡単になくなるものでもないと思っています。正解を伝えたとは思っていませんが、こうして人事について一緒に考えたり共有したりできる場があるといいなと感じました。まだまだ課題は多いので、今後も課題を持ち続けながら、テクノロジーをうまく活用していきたいと思います。